【 私の物語 (原点) 】

日常

私には、セラピストの原点となる、
幼少期の出来事があるんです。

これは、小さな私が、母を思う物語です。
少し、お付き合いくださいね^^

あれは、私が3才〜4才の頃です。
母方の祖母は、当時の自宅から、
車で15分ほどの場所に住んでいました。

小さな田舎町の駅前で、駄菓子屋兼、
よろず屋を営んでいたんです。

とても優しく、気前の良い祖母でしたので、
たくさん可愛がって貰った記憶があります。

そんな祖母が、末期癌である事が分かり、
入院する事になったんです。

私は幼稚園へ入園。
兄は小学校へ入学。
弟は生まれたばかりの年でした。

両親は共働きでしたので、
母は仕事帰りに私を迎えに来てくれ、
2人でお見舞いに行く。
これがお決まりの帰宅コースでした。

幼い私には、人が病気になるという事や、
「生きる」「死ぬ」ということが分からず、
お見舞いという気持ちではなく、
祖母に会える楽しみな時間でした。

ですが、いつの頃からか、
病室へ行く途中の車椅子用スロープの所で、
母は必ず立ち止まるようになったんです。

スロープの手すりを強く握り、
その場でしゃがみ込み、声を殺して泣くんです。

私には、なぜ母が泣くのか分かりません。
「死ぬ」が分からないのです。

ですが、その背中はとても悲しそうで、
とても辛そうで、その悲しみの深さは、
子供の私にも十分に伝わっていました。

それでも幼い私には、
母の悲しみを和らげてあげられる言葉が出てこない。
どんな行動で、悲しい心に寄り添えるのかが分からない…

もどかしい気持ちを抱えながら、
母が泣き止むまで、手を繋いだまま、
ずっとその背中を見ていたのを、覚えています。

スロープを強く握る母の手は、
今でもとても鮮明に覚えています。

そして、その時に繋ぐ母の手は、
いつも氷のように冷たく、
幼いながらにも『良くない事』という気持ちになりました。

「どうしたらお母さんの手は、温かくなるの?」
「お母さんの手を、温かくしてあげたい」
そんな気持ちを抱きました。

子供ですから、「マッサージの仕事につく」
「セラピストになる」という、
具体的な言葉ではありません。

でも、幼い私がイメージしたものは、
紛れもなく、私が母の手を包む。
すると、母の手が徐々に温かくなり、
心までほっこりと穏やかに癒され、
笑顔になってくれる。
そんなイメージです。

この時に抱いた、
「私の手を使い、温もりを届けたい」
「心から笑顔になって貰えることをしたい」
という気持ちが、私の原点です。

母を思う3才の私が、今の原点を生みました。

ではなぜ、ただのセラピストではなく、
美容に特価したサロンなのか…

それも、母への思いが関係しています。
それはまた次回、お話しさせて頂きますね。

ピックアップ記事

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。